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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)1265号 判決

原告 阿部大洋丸

右訴訟代理人弁護士 齋藤護

被告 東京ゼネラル株式会社 (旧商号ゼネラル貿易株式会社)

右代表者代表取締役 飯田克己

右訴訟代理人弁護士 辻本章

主文

一  被告は原告に対し、四〇一万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から完済まで年五分の金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「被告は原告に対し、四八一万一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一〇月七日から完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被告は、請求棄却・訴訟費用原告負担の判決を求めた。

第二当事者の主張

(原告主張の請求原因)

一  原告は液化石油ガス等の配管工事業を営む者であり、被告は農産物等の売買仲介等を業とする株式会社であり、大阪繊維取引所の商品取引員である。

二  原告は、大阪繊維取引所における毛糸取引のための委託証拠金として、被告に対し、昭和六一年七月八日二五万円、同月九日一五〇万円、同年八月五日一七五万円、同年一〇月七日七〇万円の合計四二〇万円を交付した。

三  原告が被告に対し、右各金員を交付したのは、被告ないしは被告の従業員による次のような違法な商品取引の勧誘に基づくものである。即ち、

1 事実関係

(一) 被告会社の従業員渡邊謙一(以下「渡邊」という)は、昭和六一年七月六日の日曜日、原告方に架電し、原告に対し、自分は原告の母校の後輩に当り近くまで来ているのでぜひ会いたいと申し入れ、原告から、近鉄線瓢箪山駅近くの料理店へ案内され、そこで会食しながら、お互いの郷里である大分県の話、母校の話その他世間話をして時を過ごした。そして、話が終りに近づいた頃、渡邊は、ゼネラル貿易という会社へ入社し、大阪へ転勤になったことを話したので、原告は自分が卒業した頃は就職難で困ったことやその当時の社会状況等についてしばらく話をした。

同日午後五時頃、前記駅前で別れようとしたとき、渡邊はカバンの中から後に商品取引関係のものと分ったパンフレット五枚位を取出し、「これをどうぞ」と言って差し出したので、原告も何気なく受取ったが、原告は読みもしなかった。

(二) 翌七日午前九時すぎ頃、渡邊は原告の仕事場に架電し、原告に前日御馳走を受けた礼を言い、原告がそれを聞いた後切ろうとしたところ、突然まくしたてるような早口で「先輩!今相場が動いています。値段が上っています。先輩、一つお願いします。あ、今相場が始まったようです、ちょっとこのまま待っていて下さいよ」といって二、三分間待たせたうえ、「今またとない時期なので、先輩の名前で注文しておきました」と言い、原告は何が何だか分らず、それは困る、勝手にされても知らんと答えたが、渡邊は「もう名前を通産省の方に登録してしまったので困ります」「取消すことはできない」など泣きそうな声を出して哀願してきた。

原告は、阿呆なことをいうものではないといって電話を切ったが、同日午後四時三〇分頃、原告の仕事場に右渡邊と同人の上司である山川洋治(以下「山川」という)が来て、原告が何か分らないことを急に言ってこられても困ると断ったのに、山川らは「今が毛糸を買うチャンスです」「もう登録してしまっているので、止めるわけには行きません」と言うので原告も最早取消す方法がないと思うに至り、仕方なく契約することにし、契約書に押捺する印鑑がないというと、渡邊がどこかへ行って買ってきた。

山川らはさらに「一七五万円必要です。いつ集金に来たらよいですか」と聞いてきたが、原告が「全く当てがないので数日待ってほしい。商売の売掛先を回って何とかする」と答えたところ、書類を持って逃げるように帰って行った。

(三) 翌八日、原告は大分県の兄に電話して送金を受けた一五〇万円を翌九日午後六時三〇分頃、原告方工場に集金に来た山川に渡し、「これは田舎に無理を言って送ってもらったお金だからすぐ返さなければいけない」旨伝えたところ、山川は「九月頃までには必らずお返しします」と答え、その場で会社へ電話して値段を聞き、原告に「社長、今日は一円上がったそうですよ」と言い、「会計が待っているから」と言ってそそくさと帰った。

(四) 翌八月五日、被告会社大阪支店の支店長代理喜入哲郎(以下「喜入」という)から原告方に「追証にかかるからもう一七五万円用意して下さい」との電話があり、原告が驚ろいて追証とは何かと問い直したところ、喜入は「上と下とで両立で行けば、差額が必ず利益を生むので、絶対間違いないやり方です」などと答えた。原告はもうそんなお金はありませんと言ったが、喜入から「とにかく一七五万円出してもらわなければ、最初の一七五万円は返ってきませんよ」と言われたため動転し、慌てて金策に走り、金融公庫に融資申込をしたが、融資を受けられるまでに一か月位かかると言われたため、やむなく町の金融業者から工場の賃貸借契約の際差し入れた一四〇万円の敷金返還請求権を担保に一四〇万円を借り受けた。

(五) 翌六日喜入は集金に来て、「この一七五万円があれば、間違いなく返金できます」と言い、原告が、「このお金は田舎の兄から借りた分と高利貸から借りた金だから早く返さないといけない」と言うと、喜入は「任せて下さい。あとのことは心配いりません」と答えて帰って行った。

(六) その後、原告が心配して被告会社へ何度となく電話をしたが、いつも「もう少し日にちを下さい」というばかりで一向に埓が明かず、また、電話の都度渡邊に代ってほしいと頼んだが取り継ぎをせず、渡邊から電話をするようにとの伝言を依頼しても同人から全く連絡が来なかった。

(七) 同年一〇月一日、被告大阪支店の支店長という栗田康弘(以下「栗田」という)から電話で原告に対し、「すみませんがあと七〇万円だけ都合つけて下さい。この七〇万円があれば二、三日で必らずお返しできますから、ぜひお願いします」と言ってきた。

それを聞いて原告は、今まで事ある毎に九月中には必らず返金して下さいといい続けてきたのにまた金を出せとはどういうことかと難詰したが、栗田から「それでは処分しますか。そうしたら一銭も返ってきませんよ。それが気の毒だから言っているのです。七〇万円預ってそれで大きく殖やして行くのです。今度は一週間もあれば必ずお手許にお返しいたします」といわれたため、釈然としないながらもまた知人に借金して七〇万円を工面した。

(八) 同月七日、原告は集金に来た支店長代理増本祐一(以下「増本」という)に七〇万円を交付するとともに、今までの事情を説明し、一日も早く返金してほしい旨訴えたところ、増本は「一週間もあれば返金できますよ」といって帰ったが、その後原告が問い合せる度に「今処分するのは勿体ない」とか「もう少し待って下さい」というのみで一向に返金する様子がなかった。

(九) 被告は、原告の無知に乗じて、殆んど一任売買の形で両建、途転、無意味な反覆売買を繰り返し、商品取引の名目で原告に多大の損害を与えた。

2 行為の違法性

(一) 詐欺

被告の従業員らは、原告が商品取引には全く知識も経験も関心さえもない単なる町工場の経営者であるのを奇貨としてこれに近づき、原告が取引に応ずる意思を全く示していないのに「もう登録してしまったので取消せない」などと言い掛りをつけて困惑させ、取引に応じさせるや原告が先物取引や市場の実情も知らず、商品の値動きを的確に判断する能力や情報手段すら有していないのをよいことに、一方では原告の意思を思うが侭に操り、他方では原告が決済を要求しても巧みにこれを遮断する等して、短期間に頻繁な建ち落ちを繰返し、原告の交付した金員の殆どを委託手数料名下に領得したものであり、右行為は詐欺にあたる。

(二) 義務違反

(1) 商品取引は将来の見通しを要とした投機取引であり、その市場価格は国際的な政治、社会、経済、軍事的状勢の変化、気象その他の自然現象等の影響を受けて形成され、しかも、取引の仕組も特殊、複雑であるから、その取引に参加するためには、価格形成の諸要因を把握、分析する専門的知識・経験と正確な情報の継続的入手手段が必要であり、取引の仕組についても十分理解し、かつ、仮に投下資金の全部を失っても生活や事業の遂行に困窮を来すことがないだけの十分な資金的余裕ある者でなければならず、それらを有しない者に対しては、商品取引の専門業者である被告は商品取引の不適格者として取り扱う義務があり、仮にそのような者がなお商品取引をすることを希望したとしても、その者に対し、商品清算取引の仕組や証拠金その他この取引に関する基本的事項を十二分に理解させ、かつ「商品取引で評価益が出るのは全注文のうち三割程度であり、証拠金は余裕資金の一部を使わなければならない」旨告知することによって、顧客が損失発生の危険の有無・程度の判断を誤ることのないよう配慮すべき注意義務を負い、取引の勧誘及び委託後の取引の実行について、外務員に右注意義務に違反する行為があるときは、勧誘及び一連の取引の全体が違法性を帯び、不法行為を構成するに至るというべきである。

(2) しかるところ、原告は商品取引について全く無知、無関心であり、資金的余裕なども全くなかったのであるから、勧誘は避けるべきであり、仮に原告が関心を示したとしても、商品取引について説明を尽し、十分理解したと認められて初めて契約を結ぶべきであるのに、前記渡邊は原告に利益が確実であるとの断定的判断を示し、かつ、有無をいわせず取引に引きずり込み、その揚句、殆んど一任売買の形で両建、途転、無意味な反覆売買等をして手数料稼ぎをし、そのために委託保証金名下に原告に前記金員を交付させたものであるから、それら一連の行為は不法行為を構成する。

四  責任

被告は、その組織と業務活動を通じていわば会社ぐるみで故意に右違法行為をしたものであるから、民法第七〇九条に基づく損害賠償責任があり、そうでないとしても、被告の従業員が故意に右違法行為をしたものであるから、同法第七一五条に基づく責任がある。

五  損害

1 原告は被告に対し、前記のとおり、合計金四二〇万円を交付したが、昭和六二年三月一二日五八万九〇〇〇円の返戻を受けたので、原告が直接被った財産上の損害は三六一万一〇〇〇円である。

2 慰藉料

原告は、設備士として町工場を営み、仕事に追われながらも相場などとは全く無縁の世界で平穏に生活していたところ、突然被告会社の従業員である渡邊から電話を受け、同郷の誼から面会に応じたにすぎなかったのに、知己を得たことを口実に被告が実施する危険な投機取引に否応なく引きずり込まれ、原告は契約してしまった責任から何とか資金を工面しようとして、初めは妻に事情を話して頼んだが、妻からそんなお金はどこにもない、そんなことをするなら即刻離婚すると言われ、やむなく急拠取引先へ集金に走って二五万円を集め、不足の一五〇万円については恥をしのんで郷里の兄たちに無心することになった。

その後も原告はこの取引の実情や仕組について行けないまま、「追証金を入れないと全部パーになる」と言われて気が遠くなるような心地になり、慌ててサラ金業者の許へとび込んだり、金融公庫の門を叩いたりした。

そして、当初の約束では九月に元金が返される筈であるので、毎日のように被告へ問合せたが、被告からはいつも曖昧な返事しかなく、そうこうするうちに担当者が次々と交替し、意思疎通が益々困難になって行った。このため原告は次第にこの取引に対する不安と被告に対する不信が高まり、一日も早くこうした境遇から脱出したいと願うものの意の侭にならず、どうしてよいか手立ても分らずに苦しみ、仕事に身が入らず、また、金融公庫等への利息の支払の負担等が重なり、国民生活センター(東京)や弁護士への相談を余儀なくされた。これにより原告が受けた苦痛は測り難いものがあり、その慰藉料としては、少なくとも五〇万円が相当である。

3 原告が本件訴訟を追行するには弁護士に委任せざるを得なかった。被告は、原告の右損害金合計額の一割五分相当額である七〇万円を本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用として賠償すべきである。

六  よって、原告は被告に対し、右損害金合計四八一万一〇〇〇円及びこれに対する最終出捐日である昭和六一年一〇月七日から完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁)

一  被告主張の請求原因一は認める。

二  同二は認める。

三1  同三1(一)のうち、原告が受取ったパンフレットを読まなかったとの点は不知、その余は認める。

同三1(二)のうち、七日午前九時すぎ頃渡邊が原告の仕事場に架電し前日の御馳走の礼を言ったこと、同日午後四時三〇分頃原告の仕事場に渡邊と同人の上司の山川とが出向いたこと、原告が契約に同意し、契約書に押捺する印章を渡邊が買いに行ったこと、山川らが取引するためには証拠金が必要であると言い、証拠金の入金予定を尋ねたことは認めるが、その余は否認する。

同三1(三)のうち、山川が原告主張の日時にその主張の場所に赴き、原告から一五〇万円を受取ったことは認めるが、原告が大分県の兄に金策の電話をして一五〇万円の送金を受けたことは不知、その余は否認する。

同三1(四)、(五)及び(六)は否認する。

同三1(七)のうち、栗田が原告主張の日に原告方に架電したことは認めるが、その余は否認する。

同三1(八)のうち、増本が原告方に集金に赴いたことは認めるが、その余は否認する。

同三1(九)は否認する。

原告が被告に商品取引の委託をするに至った経緯は、次のとおりである。即ち、

被告大阪支店所属の営業担当従業員である渡邊は、出身大学である八幡大学の先輩にあたる原告に対し、昭和六〇年七月頃、一、二度電話で取引勧誘のため面談を申し入れをしたが、原告が繁忙のため面談できないままになっていた。

そこで、昭和六一年七月六日、渡邊は別の用件で原告宅近くに赴いた際、原告に架電をし面談を求めたところ、原告から快諾を得て原告主張の場所で会食することになり、その会食の席で原告に郷里や母校の話をする一方、自己の勤務先の仕事の内容や苦労話等についても話をし、商品取引のおおまかな仕組、取引の方法等を説明しながら、「未だに悩むことがあります。結果のよい時、悪い時が必ずありますから。良い時のタイミングをつかんだお客さんはとても大きな利益をとることがありますが、その逆に損をする人もいますしね。良いと思って紹介し取引をしていただいても必ず利益をとれるというわけではありませんからね。ただ、一番嬉しいと思うことは、私がお勧めしてお客様に利益をもたらした時、お客様の喜ばれるお顔を見られる時ですね。」などと話をしたところ、原告は、「とことん自分の決めた道をやり抜きなさい。一生懸命真面目にやっていれば必ず結果が出る。」などと同人を励ましながら、あわせて、自分の仕事の内容や苦労話をした。

渡邊は、親身になって話を聞いてくれる故郷の先輩の原告にすっかり傾倒し、この人に是非自分の仕事である毛糸の先物取引をしてもらおうと考え、その別れ際に、原告に対し、同取引にかかる被告発行のパンフレットを示しながら、値動きについての罫線や損益計算の仕方等について説明し、「今の値段は近年では安い値段でしょう。今が買い時と思われるので考えてみませんか。売買は電話でもできます。安部先輩にも是非していただきたいのです。」などと述べて勧誘を試みたところ、原告は、「説明の内容は大体わかった。とりあえずパンフレットに目を通してみて考えてみよう」との返事であったので、渡邊は、原告が同人の右の説明を理解し、取引に関心を持ったものと受取り、翌七日午前九時過ぎ頃、原告の仕事場に昨日の返礼を兼ねて勧誘の電話をし、大阪繊維取引所の市況及び値動き等を説明しながら、今が丁度良い買い時である旨を述べて勧誘したところ、原告は、興味を示した様子で、「どの位から始めたら良いのか」というような話をしたので、「まずは五〇枚位から始められたらいかがでしょう。その場合、証拠金として資金が一七五万円必要となります。」と説明した。すると、原告は、「今手許に資金がないが、なんとか工面してみよう」との話であった。

そこで、渡邊は、原告から商品取引に参加することの了解を得たものと理解し、夕刻あらためて原告の仕事場に伺う旨の約束を取り交わし、電話を切り、同日夕刻、渡邊は、上司の山川洋治と原告を訪ね、あらためて原告に対し取引参加の意思を確認し、資金の準備がいつ頃までにできるのか聞き、原告から、「直ぐと言われたら急にはできないが、七月九日頃までには用意できる筈だから、それでお願いする」と言われたので、原告にその場で受託契約書に署名捺印をもらい、証拠金の用意ができ次第、取引を始めることになった。そして、資金の用意ができたら連絡をもらうことにして、原告にあらためて、取引の仕組、損益の計算の仕方等について「商品取引委託のしおり」に基づいて説明して交付した。その際、原告に対し、「特にわかりにくい点はないですか」と尋ねたが、原告は十分に理解されていたと見えて、「よくわかった。特にわからないところはない。あったら自分の方から電話する。」と答えていた。

翌八日、原告より被告に電話があり、「とりあえず二五万円用意ができたので夕方仕事場まで取りに来て欲しい」とのことであったので、同時刻頃、山川が原告のもとに赴き、同金員を受領し、さらに、翌九日昼過ぎ頃、原告より山川宛に残金の一五〇万円の用意ができたので取りに来て欲しいとの電話が入り、山川が「何時頃伺ったらよいか」と尋ねると、「夕方の六時頃に仕事場に来て欲しい」とのことであったので、漸く証拠金の段取りがすべてできたことから、原告に「それでは、昼の始まり値でもって五〇枚買い付けるようにしましょうか。」と勧めると、原告は、「そうして下さい。」と答えたので、午場一節で毛糸五〇枚の買建をし、同日夕刻六時頃、証拠金の残金の受領のために原告の指定する仕事場に行き、原告から一五〇万円を受領したのである。

なお、被告は原告からその都度委託を受けて取引きしたものであって被告が一任売買したものではなく、現に、原告は被告から送付される売買報告書及び残高照合通知書等により自己の委託した取引の全容を把握し取り引きしていた。

2  原告主張の請求原因三2(一)は否認する。

同三2(二)(1)の主張は争う。

同三2(二)(2)は否認する。

四  同四は否認する。

五  同五1のうち、原告が被告に合計四五〇万円を交付し、被告から原告主張の日に原告主張の金員の返戻を受けたことは認めるが、その余は争う。

同五2は争う。

(被告の過失相殺の主張)

仮に、被告に不法行為責任があるとしても、次のとおり、本件の損害の発生については、原告にも相当程度の責任があるから、過失相殺さるべきである。即ち、

一  原告は高学歴の持主であるうえ、長年町工場を自営しているのであるから、被告の従業員渡邊及び山川らの勧誘時における商品取引についての種々の説明を十分理解し、かつ、その可否を判断する能力は十分有していたと考えられる。

二  原告は、被告の従業員の勧誘を断ろうと思えば何回でもその機会があったにもかかわらず、それをせず、その勧誘に長時間にわたり耳を傾け、同人らが持参した日経新聞や毛糸の値動きに係る罫線、パンフレット等の各種の説明資料に目を通し、また、取引の仕組や方法、損益等についての説明を聞き、時には自分の方から質問するなどして、被告と受託契約を締結し、自ら必要証拠金の工面をして初回目の建玉をした。

三  原告は、昭和六一年七月九日の初回の建玉から翌六二年一月一六日に終了するまで、約六か月有余、相当回数の取引が続けているが、この間、損害を最小限に止めようと思えば、損切りをする等して、いつでも取引を中止することができた。

四  原告は取引開始後は、被告の担当者らから、訪問または電話連絡などを通じて値段の報告、或いは、受注についての助言、相談を受け、また、売買報告書、残高照合通知書、その他の書類による報告を受けていたので、取引期間の経過とともに、取引の仕組、方法、相場の見方、建落の判断等にも十分習熟して行った筈であり、それでもなお、担当者の言うが侭に、それを鵜呑みにして建落を繰り返し、あるいは一任するなどということがあれば、軽率のそしりを免れず、そのことによって損害が発生、拡大したとしても、それは委託者において損害の相当部分を負担すべきである。

また、損害の公平な分担という観点からも先物取引に参加する者は、それが投機取引であることを、少なくとも取引の一定期間経過後は、十分自覚して取引すべきものである。

(被告の過失相殺の主張に対する原告の反論)

仮に原告に過失があるとしても、本件のように原告の無知に乗じて原告が過失に陥るのを目論んで違法行為がなされた場合にまで単純に過失相殺を認めるとすれば、社会秩序を乱す違法行為を容認する結果を招き、正義に悖り、また、過失相殺の基本理念である公平の観念にも反するものとなるから、過失相殺は許されるべきではない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  原告主張の請求原因一及び二の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告が被告に交付した請求原因二の各金員は原告が被告に大阪繊維取引所において原告の計算で別表記載の毛糸取引することを委託したことによる委託証拠金であることが認められる(以下、右委託した取引を「本件商品取引」という)。

二  そこで、まず、原告が被告に本件商品取引を委託するに至った経緯についてみる。

当事者間に争いのない事実並びに《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、町工場を借りて従業員二名を使用し、液化石油ガス等の配管工事を営むものであり、商品取引や証券の信用取引等の知識・経験はもとより、それらについて関心もなく、地味な生活をしていた。

2  被告大阪支店営業部の従業員で顧客の新規開拓を担当していた商品取引登録外務員である渡邊は、商品取引の勧誘相手の手懸りの一つとして利用していた自己の出身大学である八幡大学の同窓会名簿に同郷出身で先輩にあたる原告の名が掲記されていたところから、昭和六一年七月六日(日曜日)、原告方に電話をして、原告に対し、大学の後輩にあたるものであり、近くに来たので面会したいとのみ告げ、特に用件は言わずに面談を申し入れた。

3  原告は、渡邊からの右申し入れに対し、妻から前にも電話があったことを聞かされていたので、大学の後輩にあたるという渡邊と会うことにし、同人と待ち合わせをして最寄りの駅の近くの料理店に案内し、食事をしながら郷里の大分県の話や母校の大学の話、その他の世間話をした。

その話の過程で、渡邊は、原告にそれとなく自分のしている仕事の大まかな内容や苦労話をして原告に商品取引を勧誘するについての感触を探ってみたが、原告は然程関心を示さず、むしろ原告から先輩としての励ましの言葉をかけられたりしたので、渡邊はロングで追う(暫く資料を提供して様子を見ながら徐々に勧誘すること)ことにし、帰り際に、原告に、商品取引の簡単な説明をしたパンフレットと見開き一枚の簡単な毛糸取引に関するパンフレットを手渡して別れた。

4  渡邊は、翌七日の月曜日朝、被告大阪支店に出勤し、上司に当たる主任の山川及び支店長代理の喜入らに原告との面談の様子を報告し、今後の方針としてロングで追う旨の意見を述べたが、何故か、その報告をした直後の午前九時すぎ頃、渡邊は、原告の仕事場である工場に電話をかけ、原告に前日の御馳走のお礼を述べたのち、原告に「今一番いい時期だ、急いで手を打たないといけない」等と毛糸の商品取引を強く勧誘し、原告が興味もないし今一銭もないと断っているのに、暫く電話口に待たせたうえ、今の取引で通産省に原告の名前を登録してしまったので断られても困る等と哀願して迫り、その挙げ句、夕方に上司と一緒に出向くといって電話を切り、同日夕方、渡邊と山川とが原告の仕事場の工場を訪ねて来て、主に山川が原告に商品取引である毛糸取引の説明をして契約書の取り交わしを求めた。

これに対し、原告は、初め断り続けたが、渡邊からすでに通産省に登録済であると言われていたことや後輩である渡邊の面子のことも考えると断り難くなり、それでもなお契約するにしても印鑑がないと言うと、山川が買って来ると言って出かけて市販の原告名の印鑑を買って来たので、原告も断り切れず、山川らから「商品取引委託のしおり」、「東京穀物商品取引所、大阪穀物取引所、大阪砂糖取引所、関門商品取引所の受託契約準則」、「お取引の知識」、「相場が逆方向に動いた場合の処方箋」といったパンフレット等を受取り、乙第八号証の「大阪繊維取引所の商品市場における売買取引の委託をするには、先物取引の危険性を了知のうえで、同取引所の定める受託契約準則の規定を遵守して取り引きすることを承諾する」旨の承諾書、同第九号証の通知書、同第一〇号証の申出書、同第一一号証の大阪繊維取引所受託契約準則及び危険開示告知書を受領したことを証する受領書、同第一二号証の商品取引委託のしおり及び商品取引ガイドの受領したことを証する受領書に署名して山川が買ってきた印鑑をもって押捺した。

そして、その際、原告は山川らから毛糸五〇枚の買建を勧められるまま承諾したが、その委託証拠金として必要と言われた一七五万円については、直ぐに原告に工面できる具体的な当てもなかったので、山川らには後で電話連絡すると答えた。この間、渡邊・山川らは、原告の資産状況について調査をしていなかった。

5  原告は、翌八日、仕事先を集金して回り、二五万円を集め、被告大阪支店に、取りあえず二五万円用意できたから取りに来るよう連絡し、同日夕方取りに来た山川に二五万円を手渡し、また、大分の兄のもとに一五〇万円の借金を申し入れ、翌九日午前中に兄から送金を受けたので、再び被告大阪支店に一五〇万円の用意ができた旨を連絡し、同日夕方取りに来た山川に一五〇万円を渡した。

6  右九日の午前中に原告から一五〇万円の用意ができた旨の連絡を受けた山川は、毛糸五〇枚の買建玉を手配し、被告は同日の大阪繊維取引所後場一節で一二月限の毛糸五〇枚を原告の計算で買建し、これが本件商品取引の始まりとなった。

ところが、同月一六日の前場で右買建した毛糸の値が下がり、被告の支店長代理喜入は原告に電話でその旨を伝えるとともに、此の侭では損が拡大して追証がかかると元も子もなくなるから両建をするように勧め、原告も借金までして工面した一七五万円がなくなってしまっては困るので、やむなくその勧誘に応じることとし、同月一六日後場一節で一二月限の毛糸五〇枚の売玉を建てて両建とした。

喜入は、右売建したことの報告とそのための委託証拠金として前と同額の一七五万円の支払催促のため原告に電話を掛けたがなかなか連絡が取れず、ようやく、翌八月五日に至り連絡がとれたので、その旨を伝えるとともに、委託証拠金一七五万円を至急納めるよう催促した。

原告は、直ぐにはそのような多額の金員の工面ができないため、町の高利金融業者から一七五万円を借入れて翌六日取りに来た喜入にこの金は早く返してもらいたい旨申し添えて交付した。

その後の本件商品取引は、別表記載のとおりであり、同月六日の後場一節で七月一六日に売建した五〇枚のうち三〇枚を手仕舞してその利益金を委託証拠金に振り替えて新規に一月限の毛糸五〇枚を売建し、以後途転、利食いのための仕切り及び新規建玉等の取引がなされ、その間の昭和六一年一〇月一日には喜入の後任者であるという栗田から更に損を取り戻すために七〇万円の委託証拠金を用意するように言われて原告は、借金して七〇万円を用意し、同月七日取りに来た増本に交付した。

7  本件取引が開始された昭和六一年七月九日から強制手仕舞により終了した翌昭和六二年三月六日までに行われた取引は合計七六回であり(実際には昭和六一年一二月一二日の時点で残買玉、残売玉はともに一〇枚であり、その後の取引は各五枚の仕切りを四回しただけであるから、約五か月の間に七二回の取引がなされたことになる)、その間建玉のために必要な委託証拠金として原告が支払ったのは合計三回の四二〇万円であり、その他は取引による利益金を委託証拠金に振り替えられ、それらをもって新規建玉がなされたものであり、また、その間の個々の取引において利益が生じたものがあるとはいえ、右取引期間を通じて、原告が残建玉を手仕舞するとすれば常に損金が発生する状況であった。なお、右七六回の取引の委託により被告が受けた手数料は合計三三一万一〇〇〇円である。

8  原告は渡邊と接触したことから本件商品取引に及んだものであり、原告との関係は渡邊が担当者であると思っていたところ、渡邊は新規顧客の開拓を担当するだけで、直ぐに担当が山川に交替し、しかも山川は初回の取引に関与しただけで、また担当が喜入に交替し、一〇月からは更に栗田に交替するといった具合に次々と担当者が目まぐるしく交替し、その都度、損失挽回のためと言って取引を勧められ、渡邊に連絡を取って欲しいとの原告の希望も無視され、原告としてはよく理解できないまま損失挽回のためには言われる取引に応じるほかなく、不承不承、勧誘された取引を承諾し、送付されてくる売買報告・計算書、残高照会書等を送付されても異議を述べず、残高照会回答書に相違ない旨を記載して被告に返送していた。

以上の事実が認められ(る)《証拠判断省略》(殊に、証人渡邊謙一の証言中には、七月六日に原告と会食したとき、店の中で乙第二号証の毛糸の商品取引のパンフレット、取引の単位・利益計算をわかり易く書き罫線を引いたアプローチブック等を示して説明し、別れるとき最近の罫線を見せたら、原告から良い反応があって、渡邊に良い情報があったら教えて欲しいという趣旨の発言があったので、翌朝連絡したのであって、その時の電話で原告は数量五〇枚の注文を既にした旨の証言があるが、同証人自身が証言しているように、原告と会食の場所は薄暗く手に取ってみなければパンフレットに記載されているような文字は読めず、テーブルもそれほど広くはなく、なによりも原告は商品取引にそれ程興味を示さず、同証人自身ロングで追うことを考えたほどであるから、同証人が商品取引について資料を示して説明したとか、原告がよい反応を示して良い情報があったら教えて欲しいという趣旨の発言があったとの証言は措信できず、また、翌朝まだ取引所の取引も始まらず、従って、寄り付の値さえわからない段階で、商品取引の経験のない原告が注文をするというのは、指し値をすれば兎も角(同証人は指し値もあったと思いますが、記憶してないと曖昧な供述をしている)、通常では考えられず、若し、同証人の言うように原告が注文したとすれば、同証人が利益を保証するとか、利益が確実であるとか、言って勧誘をしたと推測するほかないことであるから、翌朝の電話で原告が注文したとの証言は到底措信できるものではない)。

三  ところで、商品取引は日常生活において一般に行われている売買とは著しく異なった先物取引であって、取引の仕組も独特であり、その取引の値の形成、動向も基本的には商品の需要と供給によって決まるとはいえ、国際的な政治・経済・社会等の状勢、天候等の自然現象、世界各国にある市場の状況、投機家の思わく、等々が複雑に影響するものであるから、通常の売買とは異なった知識と感覚が要求される取引であり、そしてまた、いわゆる当業者以外のものがこの取引に参加するメリットとしては、専らその取引の投機性にしかなく、商品取引員の登録外務員が一般市民に商品取引を勧誘するのは投機取引の勧誘以外のなにものでもないのである。もとより、自由経済の妥当領域である商品取引においては、その勧誘にあたっても各人の自由な経済活動を尊重すべきことは勿論であるが、自由経済といえども人の生活に関する秩序として成り立っているものである以上、経済活動を実践的に規整する社会通念上の法的規範があるというべきであり、商品取引について全く知識も経験もなく、かつ、関心もなく生活している者に対しその取引を勧誘することは、その取引による危険を日常生活に持ち込むことになるのであるから、その勧誘にあたっては、勧誘者においてその点を充分認識して、相手方の財産状態を調査し、勧誘している取引が投機取引であることを相手方に周知徹底させ、商品取引の仕組、市場価格の決定要因等についての充分な説明をし、かつ、最初の段階での建玉は小さいものにするよう指導すべき法的規範があると解すべきであり、それに違反した勧誘がなされ、それによって勧誘を受けた者が商品取引を委託したときは、その委託契約の有効無効とは関係なく、不法行為が成立すると解するのが相当である。

しかるところ、前示認定のとおり、被告の登録外務員の渡邊は当初原告の様子からロングで追う勧誘を考えながら、上司の山川、喜入らに原告と会った様子の報告をしてから、右上司らの指導があってか、一変して強硬な勧誘となり、原告の財産状態の調査もせず、市販の印鑑を山川が買いに行ってまで強引に契約書に署名押印させ、初回から五〇枚もの建玉を立てさせたものであって、渡邊及び山川の勧誘は極めて行き過ぎたものであり、商品取引における勧誘行為として社会通念上許される範囲を超えた違法な行為といわざるをえない。そして、前示認定の事実よりすれば、原告がした本件商品取引の委託は、かかる違法な勧誘行為の影響を受けたままの状態で、更に勧誘がなされて委託したものであるから、本件商品取引の勧誘は全体として違法であり、不法行為を構成するものというべきである。

四  原告は、右の違法行為は被告が会社ぐるみでしたものであると主張するが、右主張の事実を認めるまでの証拠はない。しかしながら、右の違法行為は被告の前記従業員渡邊、山川、喜入、栗田らが被告の業務の執行に関してしたものであり、また、これに関与した被告の右従業員らがその違法であることに気付かなかったとすれば、同人らには過失があるというべきであるから、被告は、右従業員らの違法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。

五  そこで、原告の被った損害並びに被告が賠償すべき金額についてみることにする。

1  財産上の損害

当事者間に争いのない事実に《証拠省略》によれば、本件商品取引により、原告は、別表記載のとおりの差損金及び委託手数料として合計三六一万一〇〇〇円を負担し、原告が被告に本件商品取引の委託保証金として交付した合計四二〇万円は、右差損金及び委託手数料と対当額で相殺され、その相殺後の残金五八万九〇〇〇円が原告主張の日に被告から原告に返戻されたことが認められるから(原告が被告から右金員の返戻を受けたことは当事者間に争いがない)、原告は右違法行為によって三六一万一〇〇〇円の損害を被ったことになる。

2  ここで、被告主張の過失相殺について判断する。

本件商品取引の勧誘を受けた原告が、当初七月七日の朝、渡邊からの電話の際、毅然たる態度であたり、同日夕方渡邊及び山川の訪問を受けた際にもはっきりとした意志を表明して、毛糸五〇枚の買建を承諾しなければ、本件のような事態に発展することもなく、損害の発生もなかったのであり、また、初めに五〇枚買建したものが値下がりした時点で喜入の勧誘に応じることなく両建せずに手仕舞するか、また、その後の然るべき時に全建玉を手仕舞していさえすれば損害の拡大はなかったと考えられるから、原告に全く落ち度が無かったということはできないが、原告に対する当初の勧誘は、前記のとおり、渡邊が当初ロングで追うことを考えていながら、上司に報告してから一変して極めて強硬な勧誘となり、契約書の捺印も印鑑を山川が買いに行ってまでさせるなど常軌を逸した方法を取ってまで原告を取引に引きずり込んだものであるから、原告の落ち度の点は原告の慰謝料にあたって斟酌するとしても、財産上の損害の賠償について過失相殺して賠償額を減額すべきでないというべきである。

3  慰謝料

原告が本件違法な勧誘により、借金までして商品取引に引きずり込まれ、挙げ句に損が生じたとして更に証拠金の払い込みのために借金を重ね、渡邊に対する伝言を依頼しても連絡はなく、どうして良いか途方にくれ、多大な精神的打撃を受けたであろうことは《証拠省略》から容易に推認することができる。しかし、《証拠省略》によれば、原告のこの精神的打撃は、本判決により被告の従業員らの勧誘行為の違法が判断され、被告から財産上の全損害が補填されることによって、かなりの程度慰謝されるものと考えられ、また、原告の前示落ち度も勘案すると、原告が本件により被った精神的損害を更に金銭で賠償するだけのものはないと見るのが相当である。

4  弁護士費用

前示二に認定の事実及び《証拠省略》によれば、原告は本件賠償請求のために訴の提起を余儀なくされ、その訴訟追行を弁護士齋藤護に委任したことが認められ、本件事案の難易、原告の請求額、これに対する前記認容額等諸般の事情を斟酌すると、本件不法行為と相当因果関係の範囲にある弁護士費用の賠償額としては、四〇万円と認めるのが相当である。

六  そうすると、原告の本訴請求は右に認定した財産上の損害三六一万一〇〇〇円及び弁護士費用の四〇万円の合計四〇一万一〇〇〇円及びこれに対する不法行為後で原告が金員を被告に交付した最後の日の翌日である昭和六一年一〇月七日から完済まで民法所定年五分の損害金の支払を求める限度において理由があり、その余は理由がないことになる。

よって、原告の請求は、右理由がある限度で認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九二条本文、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 海保寛)

〈以下省略〉

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